九州国立博物館 三輪嘉六館長に聞く
2005年6月30日発行の創刊5号より
「九州国立博物館 三輪嘉六館長に聞く」に対する皆様のご意見ご感想をお待ちしております。
コメント受付フォームよりお送りください。>> コメント受付フォーム

市民社会といかに共生していくかを一番大事にしていきたい
東京、京都、奈良に次ぐ4番目の国立博物館として、九州国立博物館が10月16日にオープンする。国博としては実に百年ぶりの開館で、博物館のコンセプトや役割も随分と変わった。九州国博の特徴や新しい取り組みについて、三輪嘉六館長に聞いた。[みわ・かろく]
1938年岐阜県瑞浪市生まれ。奈良国立文化財研究所、東京国立文化財研究所修復技術部長、文化庁文化財監査官、日本大学教授などを経て、02年九州国立博物館設立準備室長、05年4月から現職。専門は考古学、文化財学。
博物館は多目的に使っていただきたい
百年ぶりに国立博物館ができるわけですが、前の3館(東京、京都、奈良)とは、基本的にどこが違うんでしょうか。
博物館といえば、みなさんは学術面の展示を中心としたイメージをお持ちでしょうが、人文・美術・保存科学といった分野のシンポジュウムからフォーラム、セミナーや研究会を開いたり、経済界で企業フォーラムや企業サミットをやるとか、ファッションショーから自動車ショー、演劇、コンサート、アジアのパフォーマンスなどそれぞれ、いろんな事をやってもらっていいんです。いわゆる多目的ですね。そして、館の理念としては、「市民社会といかに共生するか」ということを一番大事にしていきたいですね。
博物館といえば、美しいもの、立派なもの、古いものを並べる場で、来たい人、見たい人が来てくれればいい、何もムリに来てもらわなくても好きな人にサービスする場でいいじゃないかというのが基本的な考えであり、日本の博物館の歴史でした。
欧米でも元々、そうでした。王様や貴族たちが自分の収集品を見せ合って楽しんでいた時代もあったわけで、そのうち人が集まるようになったわけです。大英博物館だって、植民地での収集品をベースにしたものでした。
日本の博物館は明治の初めからありますが、維新後、皇室は貧しくて、大名に比べ何も持っていなかった。ですから、欧米の皇室と肩を並べるためにも一生懸命集めることに精力を費やし、戦後もそんな傾向が続いて、人々に楽しんでもらう発想は少なかった。
博物館は面白くなければ博物館ではない
それが、国立博物館も独立行政法人化で変わってきましたか。
博物館の在り方が大きく変わりましたね。まず、展示品も自前の努力でどうやって見つけるかがベースにあります。次に、目線を市民において一人でも多くの方に楽しんでもらおうという考えです。そのためには、博物館は面白くなければ博物館ではない。
ここでは市民の皆さんが希望されるなら、収蔵庫や研究室などのバックヤードを外から見られるようにしました。収蔵庫の中には入れませんが、廊下に窓を作って見えるようにしましたし、研究室もガラス張りです。市民の方々がその廊下をボランティアの人たちに案内されながら、保存や修理はどのようにしているのか、これまで見えなかった博物館の部分を見えるようにしました。これをもって、開かれたと言えるかどうか分かりませんが、市民と共生するという姿勢のひとつだと思っています。
子供に対する教育普及にも大変力をいれておらると聞きましたが。
「学校より面白く、教科書より分かりやすい」そんな博物館を目指して、まず子供たちに親しんでもらう場の提供を考えています。これから未来を創る子供たちがターゲットです。この建物の「定礎」も子供に書いてもらったんですよ。太宰府市教育委員会で公募し、選んでもらったんですが、大宰府東中学校の女子生徒の筆です。普通は大臣とか知事さんに書いてもらうんでしょうが、「未来を担っていく子供たちを大事にしていく」想いを込めたもので、博物館の基本姿勢の出し方と思っています。
文化財保存の技術支援をしていくアジアの拠点に
コンセプト的には、「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」とあります。
3館はそれぞれのコンセプトを持っています。東京は総合的な文化、奈良は6世紀以降の仏教美術を中心とした文化を、京都は京都を主とした“雅”の文化です。4番目である我が館はアジアとの繋がりです。
日本の基本となる文化はアジアを経由して九州を窓口に入ってきている。近世になっても、1549年にザビエルが来たのがヨーロッパとの最初の接点だった。その前にはポルトガルから鉄砲が入っている。オランダ、ポルトガルとの関係をみても九州が窓口で、アジアのみならずヨーロッパ文化の窓口でもあった。
九州イコール博多ではないが、北部九州は縁が深い。特に、中国、韓国との大陸的なつながりを大切に、象徴的に紹介していこうと考えています。九州にある県立、市立の博物館はみな同じコンセプトですが、展示だけでなく、人的交流も含めたつながりをできるだけやっていきたい。
中国や東南アジアをみた時に、保存するための支援を受けたい文化財がいくつもある。修理・修復を含めた保存の技術的なノウハウ、考え方を指導・支援していける博物館としてアジアの拠点になっていければ、「アジアとの」というコンセプトを高めることにもなります。我々が持っている保存科学的な技術、得意な分野で支援していこうと考えています。
具体的には、どんなものがあるんですか。
例えば、紙、和紙を使った文化財の保存や修復が日本の特徴です。和紙は洋紙と違って酸性紙でなく中性紙です。組織一つ一つの毛足が長くて柔軟性を持っている。こうした素材の特性を生かした諸文化財の修理などは世界的に評価されています。
また、日本には掛け軸や巻き物、古文書などを環境で保存してきた実績がある。紙や木、布といった有機質の文化財で、8〜11世紀までのものが伝わっているのは日本だけです。ヨーロッパはせいぜい15、16世紀のルネッサンス以降です。ギリシャやローマ、中国には紀元前のものがあるではないかと言われるかもしれないが、それはみんな出土品で、伝世品として古いものが伝わっているのは日本だけなんです。
昔、みなさんのおばあさんの時代まではどこの家でもやっていた、曝涼(ばくりょう)というのがあります。虫干しのことです。一般家庭では春や秋にはやっていました。モノを保存していく上で、虫やカビが怖い。また、土蔵や桐箱、箪笥で保管していました。
日本人の知恵がずうっとこうした環境をつくって、文化財を今日まで継承してきたのです。外国のように薬を使って保存してきたのではない。地球環境問題から薬を使わないのが世界的な流れになってきて、胸を張って登場できるのは日本なんですよ。
中国や韓国の装飾古墳の保有で共同研究も
なるほど、日本もまんざら捨てたもんじゃない。
これまでは、輸入農産物の消毒薬としても使われている臭化メチルを文化財燻蒸剤に使い、カビや微生物を除去していましたが、今年から先進国は使用を止めます。ただ、替りの物がなく、どこの研究室も代替品の研究をしています。酸素を無くして殺そうと、脱酸素法とか低酸素法とかに取り組んでいますが、カビ、特に卵にはなかなか効かない。効果はあるが、すぐには使えない状況です。日本が昔からやっていた虫干しとか、優しい環境を使いながら管理して保存し、継承している点を見直しながら、途上国に対する支援協力するのも一つの知恵と思う。
文化財の保存面では、発掘(出土)したものを国宝、重要文化財などに指定して、国として責任を持って修理・保存する。全国の博物館はまだ、そこまでいっていないが、こうした文化財の保存のあり方を博物館として提案していきたい。保存科学、ウチでは博物館科学と言っていますが、その体制を整えてオープンにこぎつけるのに精一杯ですが…。
アジアとの関係では、具体的に進んでいるものがあるんでしょうか。
ウチのスタッフがこれまで続けていた仕事なんですが、中国では南京の泗水王陵墓からの出土品の保存ですね。内モンゴルの装飾古墳にもどういう対応をしていくのか。九州も装飾古墳が多い所ですが、中国や韓国の装飾古墳の保存について、共同研究をしていく。
また、我々が言っているアジアという範囲は少なくとも西アジアまでを含み、学術的にも、保存科学的にも、文化財的にも検討の対象にしています。中国の壁画の赤と九州の装飾古墳の赤とを分析してみて、その比較から欲しいものを生み出します。関連の内外でシンポジュウムやセミナーを開くとか、いろんなことが考えられます。
博物館は文化財を将来に伝えていく大事な場所
福岡は地震がないと言われてきましたが、今年3月20日にはありました。地震への備えも万全だとか。

ここの建物は本体にお碗のような屋根をかぶせた構造になっています。その建物本体を支える170本の柱脚基に免震用の装置を設置しています。九州北部には地震が少ないので、そんな必要がないと言われてきたが、備えあれば憂いなしです。
私たちは阪神淡路の大災害とか、台湾中部地震で文化財の大きな被害を目の当たりにしました。博物館は文化財を将来に伝えていく大事な場所ですから、地震から守らなきゃならないし、逆に、そういう場でないと、文化財の所蔵者が貸してくれない。
この博物館は全く新しいので、すごい展示物があるわけでもなく、たくさんあるわけでもない。その分、外国も含めてこれから借りるのに、安心して貸せる備えがないと、外国は貸したがらない。図らずも壮大な実験が3月20日だったとしたら、免震装置のもつ意味が大きい。
セキュリティは当然として、ほかにはどんな備えがありますか。
収蔵庫は日本一どころか世界一じゃないかと思っています。全体で11庫ありますが、保存科学の体制があって、この収蔵庫ができたと思っています。先ほど、文化財の保存上、怖いのは虫とカビと言いました。
八女や小国、日田の杉の木で、1本から2、3枚しかとれないような白太材を使っていますが、木を乾燥させる段階から、人的管理をして良い材を集めてきました。貴重な文化財はこういう収蔵庫を持つと一時的であれ、長期であれ、安心して預けられます。
「トンネルを抜けると博物館だった」
ここまで、お話を聞いてきますと、国博は十分観光の素材にもなりますね。
一般の人にとって馴染みの薄い、博物館の内側まで見せるよと言いましたが、観光的にもっと分かりやすく見せる体制をつくれるかどうかでしょうね。
それから、観光という目的を持って楽しむのも大事ですが、館としては常にアメニティのある空間を提供できるかどうかも重要です。年間30万人の入館者を見込んでおりますが、福岡空港からバスで見えるお客さんはトイレ休憩も兼ねておられます。空港でトイレに行きそびれた方にとって、トイレをすぐ使えるかも大事な要素ですから、ここには男女合わせて90室を設け、女性用を多くしました。
ここはたまたま、都市高速と九州自動車道の大宰府インターに近く、国営吉野ヶ里歴史公園をはじめとした大型の観光の場や各地の温泉と結ばれています。いろんな観光ルートが考えられるでしょう。
アクセスでいうと、西鉄大宰府駅から天満宮の境内を抜けて来るのが一番早道ですね。それを当てにして、駐車場も少ない気がします。
天満宮から歩いて3〜4分で来れます。「トンネルを抜けると博物館だった」という構造になっています。天満宮には年間600〜700万人の参拝客がお見えになりますので、そこへの期待も大きい。
太宰府市も“まるごと博物館”という構想の中で生かそうとされておられますので、ウチも生かしていきたい。近くには、大宰府政庁跡や観世音寺などわが国の中では壮大な史跡がありますので、このタイアップも課題です。そうした動向をみながら、駐車場は民営との兼ね合いもあるので、更に今後も検討してゆく必要があるでしょう。
最後に、中曽根元総理が「サミットに参加した際、会議の後、その国の文化や歴史について語り合うことで仲良くなるので、しっかり勉強していった」とおっしゃっていましたが、国博の価値はその辺にもありますね。
親日家で知られるフランスのシラク大統領は、パリ市長時代から「奥の細道」を何日も歩いています。日本の要人と話す時の大きな武器ですね。
これから、提案していきますが、博物館を企業などの奥座敷として使っていただいて、文化を活用していただく。文化的には、迫力のあるものが用意できると思いますし、そのことが博物館の新しい利用法でもあるのではないでしょうか。( 神 崎 公 一 郎 )
「九州国立博物館 三輪嘉六館長に聞く」に対する皆様のご意見ご感想をお待ちしております。
コメント受付フォームよりお送りください。>> コメント受付フォーム
※当ページの内容は、2005年6月30日発行の第5号に掲載されたものです。



