二卵性双生都市!? バルセロナと福岡市との意外な相似形
2006年5月21日発行の10号より
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《海に開けた交流都市》、《150万人クラスの都市人口》、《近世〜近代の都市整備》、《伝統に根ざした文化都市》…。2016年のオリンピック招致に名乗りを上げた福岡市は、1992年開催のバルセロナとよく似た都市構造を持つ。オリンピック開催の背景となる両都市のまちづくりの本質に迫る。
意外、似ているバルセロナと福岡市
スペイン北東部に位置するカタルーニャ自治州の州都であるバルセロナは、首都マドリードに次ぐ大都市だ。地中海沿岸のバルセロナには、約160万人の人々が暮らす。
福岡・九州へのオリンピック招致活動のなかで注目されているのが1992年開催のバルセロナ・オリンピックであり、開催都市バルセロナは福岡市とよく似た都市構造を持つ。
紀元前6世紀頃にギリシャ系フォセオ人により築かれたとといわれるバルセロナは、その後カルタゴ、ローマの植民地時代を経て、地中海貿易の拠点都市として発展した。バルセロナにはローマ法王やスペイン国王への謁見の道中、天正少年使節団や支倉常長らが訪れた記録も残る。同じ頃、中世の自治都市・博多も海外交易で繁栄していた。
19世紀に入ると、バルセロナに産業革命の波が押し寄せ、新たな産業が数多く誕生した。特に工業化による目覚しい経済発展を遂げ、スペイン随一の商工業地域となる。福岡市と同様にバルセロナは大規模イベントや国際大会で都市インフラの整備を進めてきた。バルセロナでは1888年と1929年に万国博覧会が開かれ、1992年のオリンピック開催を契機に先駆的な都市計画が世界的に知られるようになる。
ピカソ、ガウディ、ミロらを生んだバルセロナ
バルセロナ市内を散策すると、ローマ時代の遺跡をはじめ、中世の都市遺跡、さらに近代都市へと、時空間を旅するような感覚に浸る。
バルセロナは、13-15世紀のゴシック建築が数多く残る旧市街のゴシック地区とレシャンプレと呼ばれる都市計画で区画されて直線道路が格子状に走る新市街からなる。
バルセロナの街中には、地元が生んだ世界的な建築家、アントニオ・ガウディの作品が随所に見られる。なかでもサグラダ・ファミリア教会は2020年の完成を目指して建築中だ。モンジュイックの丘にのぼるとジョアン・ミロ財団美術館があり、ミロの絵画や彫刻が展示されている。さらにモンカダ通りのピカソ美術館では、パブロ・ピカソの初期の作品を見ることができる。
世界的な建築家が腕を振うバルセロナと福岡市
バルセロナのメインストリートは、中心部から臨海地区まで延びるランブランス通りだ。通りにはカフェテリア、レストラン、花屋などが立ち並び、夜遅くまで大勢の人でごった返す。終点となる港には、アメリカ大陸を発見したコロンブス像が建つ。
バルセロナにおける近代都市の形成は、かつての城塞の壁を撤去した19世紀半ばに始まる。1860年以降、セルダの都市計画を一部修正して実施、1976年にマスタープランを策定してアーバンデザイン・プロジェクトをスタートさせる。結果、コンパクトで高密度な都市居住空間をつくり出し、街中にはガウディをはじめ、ジャン・ヌーベル氏、磯崎新氏、フランク・ゲーリー氏、伊東豊雄氏らの作品がある。
一方、1961年に全国の自治体に先駆けてマスタープランを策定して商業都市への転換を図った福岡市内でも磯崎新氏、黒川紀章氏、伊東豊雄氏、マイケル・グレイブス氏、レム・クールハース氏らの建築物を目にすることができ、共通項を見い出せる。
先駆的だった「コンパクト」で「海に開かれた」バルセロナ・オリンピック
水泳の岩崎恭子選手、柔道の古賀稔彦選手、吉田秀彦選手が金メダルに輝き、柔道の田村亮子選手、マラソンの森下広一選手、有森裕子選手が銀メダルを獲得するなど、日本勢の健闘も目立ったバルセロナ・オリンピックには、169カ国・地域、9367人の選手が参加した。
バルセロナ・オリンピックの開会式後半では、坂本龍一氏が作曲した地中海の神話をモチーフにした音楽によるマスゲームが披露され、坂本氏がオーケストラの指揮を執った。さらに、室内競技場として使用されたスタジアムは、福岡オリンピック開催計画の制作総指揮者である磯崎新氏の作品である。
また、バルセロナ・オリンピックでは、湾岸部にあった旧い工場地帯を再開発して、選手村などのメイン会場のひとつとした。都市近代化の中で市民が失った海との接点をバルセロナでは取り戻すことができ、「海を実感できる」オリンピックであった点でも特筆すべき大会だったと評されている。
「コンパクト」であり、「海に開かれた」バルセロナ・オリンピックは、先駆的な事例として高く評価されているが、まちづくりにおいても注目を集めた。
オリンピック開催に向けて、バルセロナでは大規模なインフラ整備による都市改造ではなく、「できる事業」「やりやすい事業」から整備して中小規模で手堅く整備していく手法で空港や港湾、道路などの交通インフラの利便性を向上させた。
バルセロナでは、事業着手において従来の必要性、優先順位に従って取り掛かる発想を転換、現実性と柔軟性を優先させた手法で整備事業の市民に具体的な進捗をみせる。
整備事業の推進にあたっては具体的で柔軟な都市整備に加え、プロジェクトリーダーを市長特命として、大きな権限を与えた。個々の事業内容に関しては、マスコミ出身の広報担当者を任命して、積極的に情報発信していった。
世界的に評価されるバルセロナ・モデル
オリンピック開催後、会場だった湾岸部は高級住宅街となり、お洒落なレストランが立ち並ぶ港湾地区は観光スポットとして人気を集める。バルセロナへの観光客はオリンピック後も伸び続け、いまやヨーロッパにおける一大観光都市のひとつといえる存在感がある。
福岡・九州オリンピック招致推進委員会事務局長を務める長沼慶也さんは、今年2月にバルセロナを訪れた。現地にある磯崎新事務所の現地事務所スタッフによる案内でバルセロナを視察した長沼さんは、「コンパクトなまちづくりの参考例になり、なかでもウォーターフロント開発では、須崎エリアの再開発構想をイメージさせるものがある」。
これらのバルセロナのまちづくりにおける取り組みは、イギリスをはじめとするヨーロッパを中心に世界中の研究者らの目にとまる。そして、このようなバルセロナの都市整備プロジェクトに対して1999年、英国王立協会は建築分野での功績を顕彰して金賞を授与した。金賞受賞をきっかけとして、都市再生における先進的な取り組みであるバルセロナ・モデルが注目されている。
都市発展のカギを握る市民意識のレベル
歴史的にもバルセロナは大きなイベントのたびに社会的インフラを整備して来た都市である。たとえば、オリンピック後の2004年に開催されたユニバーサルフォーラム・バルセロナの開催においても、湾岸に残っていた工場地帯を再開発、文化・学術エリアに一新して会場とした。
再開発に要した総事業費4000億円のうち、約1割の400億円をバルセロナで負担し、残りは、住民合意を全面的に打ち出すことで州や国、EU、民間からの調達に成功している。
バルセロナの都市戦略に詳しいabcリサーチ&デザインの玉井輝大社長は、「都市戦略において市民を巻き込んで取り組んでいる。芸術的にも発展してきた都市だけに市民意識のレベルも高く、オリンピックやユニバーサルフォーラムの成功でさらにレベルアップさせている」と、分析する。
バルセロナを超える新モデル構築への挑戦
今回の福岡へのオリンピック招致に向けて、バルセロナ・モデルを継承・発展させた形で、須崎埠頭地区をはじめ、百地浜地区、志賀島地区を結ぶ博多湾をオープンスペースとしてフル活用していくアイデアだ。
さらに仮設スタジアムや船を有効利用する福岡オリンピック案は、史上初となる「海洋型オリンピック」とも言える開催計画である。海に面した中規模都市でもオリンピックを開催できる可能性を提言したプランと言える。
これらの点を踏まえて、福岡でのオリンピック開催案に関して、九州大学大学院人間環境学研究院都市・建築学部門の出口敦教授は、「従来の国威発揚・大規模開発・商業主義に基づく20世紀型のオリンピックに対して、21世型社会に相応しく、オリンピック後の都市の持続的発展に寄与し、地域環境と調和したコンパクトな新しいオリンピック像を創り出していく上で、フクオカ・モデルが意味するものは大きい」との見解を示す。
今後、招致に向けての取り組みが成功して、開催が正式に決まれば、オリンピック開催に向けたインフラ整備も具体的に動き出す。バルセロナにおけるまちづくりの成功例を見るまでもなく、今後のまちづくりにおいては、生活する市民の姿勢と意識に加え、民意を反映させた手法が重要になる。
オリンピックとともにまちづくりにおいても、市民を巻き込んで、「できる事業」「やりやすい事業」から柔軟かつ具体的に取り組み、市民に積極的に情報発信していくバルセロナ・モデルをベンチマークのひとつにしながら、バルセロナを超越した新たなモデル構築が求められる。(近藤益弘)
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※当ページの内容は、2006年5月21日発行の10号に掲載されたものです。






