次世代に向けた新しいヒトづくりへの胎動
2008年7月31日発行の21号より
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グローバル経済の進展、そして人的交流・文化交流の国際化にともない、日本的な「感性」や日本人としての「原点」が見直されて、注目を浴びている。国際化時代を生き抜く社会人としての基礎的な力を踏まえつつ、今後の教育のあり方について考える。
経済産業省が考える切り札、「感性」戦略
「日本企業の国際的な競争優位は、ビジネスモデルも適わない『秘伝の技』のような膨大な技術蓄積にある」――。今年6月、経済産業省連携講座として福岡市内で開催された公開講演会の席上、「志本主義のススメ」の演題で登壇した石黒憲彦・大臣官房審議官は、「モノづくりには高機能・高品位・低価格に加えて、プラス・アルファが必要となる。共感と感動を呼ぶ『感性』は、モノづくりにイノベーションを生み出す」と、力説する。
感性をテーマとしたシンポジウム 写真左)坂口九大教授 写真中央)石黒審議官
人口減少による需要減退、近隣諸国の追撃などで、日本の経済環境が大きく変化している。このような背景を踏まえ、経済産業省が日本の優良企業がもつ「強み」を調査・研究した。
その結果として、「いい商品・いいサービスとは作り手によるこだわりや美意識・コンセプトなどが、技術やデザイン・機能などによって裏打ちされて、ストーリーやメッセージとして発信していくことで、生活者が『感動』『共感』をもって受け入れている要素が大きい」ことがわかったのだ。
経済産業省 石黒憲彦・大臣官房審議官
このような研究成果を踏まえ、経済産業省では、作り手の「感性」に由来するこだわりやスピリットが、生活者に「モノ語り」として生活者の感性に訴えて感動や共感を得ることで、あらたな経済価値を生み出していくとする「感性価値イニシアティブ」という提案を打ち出す。
来春、感性をテーマとした新大学院が開学
禅、茶、石庭……。日本的な感性や自然観、伝統的な美意識への再評価の機運が高まっている。そして、海外からは日本文化に根差した感性や魅力について、大いに注目されている。
一方、サービス業や情報産業に象徴される脱工業化社会の訪れにともない、「モノ」に対する欲求が下がり、代わって「こころ」の満足へと関心は移って行っている。
このような時代の変化や流れを踏まえ、工学をはじめ芸術学、人間環境学、心理学人文学などの多岐にわたる自然・社会・人文科学を網羅した新しい領域の大学院が来春、誕生する。
来年4月、九州大学に開講する「統合新領域学府」は、感性をテーマとしたユーザー感性学専攻、自動車関連のオートモーティブ・サイエンス専攻という2コースからなる。
サミット記念品として贈られた有田焼万年筆
「感性とは感受性であり、総合的な心の動き、ビジネス上のアイデアを生み出していく人間の『土壌』ともいえる」と解説するのは、新大学院設立に携わっている九州大学ユーザーサイエンス機構の坂口光一教授。「従来のモノづくりに感性を切り口とした新しい発想を加えると、新しいモノが生まれる」と、その意義を語る。
ユーザー感性学専攻では、ヒト・モノ・場などの外界に対する感受性や統合的な心の働きである感性について感覚的・感情的・直感的・創造的などの多角面にアプローチしていく。
北海道洞爺湖サミットでは記念品として各国首脳に有田焼万年筆が贈られた
日本独自の感性を生かした新しいモノづくりの例として、李明博韓国大統領の来日時に福田総理が記念品として贈呈した有田焼を用いた万年筆が挙げられる。
この有田焼万年筆は、今年7月に開催された主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)において、福田首相から各国首脳にサミットの記念品としても贈られた。サミットを記念した有田焼万年筆のペン先には「日・加・仏・独・伊・露・英・米」の8カ国首脳およびEUの委員長のイニシャルが刻印されている。この万年筆の絵柄は、古来高貴な花として知られる蘭や菊をあしらい、藍・赤・金などの色合いで古伊万里調の上品な仕上げをみせ、各首脳からも好評だったという。
このようなに有田焼という日本古来の伝統工芸がもつ匠の技を文房具である万年筆に採り入れる事で新たな価値を生み出した事例を手に取りながら、「感性豊かな人間は、発想も豊かである。閉塞状況を突破していくには、新しい人材が出てくることが求められる」と、坂口教授は期待する。
大学誘致による地域への経済波及効果
300億円を投じて2000年に開学した立命館アジア大平洋大学
別府湾を一望できる高台にキャンパスを構える立命館アジア太平洋大学(APU)は、学生・教員の4割強を外国籍の人たちが占め、学内では日本語だけでなく英語や中国、韓国語などの多言語が飛び交う。
「アジア太平洋地域の人材育成の拠点づくりを」――。大分県の大学誘致構想は、地域における大学の存在感を認めた平松守彦・前大分知事が、在任中に大学誘致のために行脚したことに始まる。
全国の有名私大を訪ね歩くなか、創立100周年を機に国際大学を構想していた学校法人立命館学園の意図と合致、大学誘致が具体的に動き出す。誘致に際しては、大分県内の複数の自治体が名乗りを上げるなか、「国際観光温泉文化都市」として再生を目指している別府市への大学進出が決定した。
大学進出にともなう設立費用は300億円にも上った。このうち、「公私協力」型による新設大学設置として大分県が150億円、別府市が42億円を負担、さらにキャンパス用地については、別府市が無償譲渡して誕生した。
多文化・多言語で国際色豊かなキャンパス
立命館大学の計量経済モデル試算によると、立命館アジア太平洋大学の消費支出などの経済効果は76億円に達するという。そして、大分県内にもたらす生産誘発効果は、117億円におよぶと推計している。
外国人観光客が倍増、別府温泉の捲土重来
APUが開学した2000年、別府市は国際交流都市を宣言する。2000年当時には487人だった市内在住の留学生は、2008年には3333人へと急増、その出身国・地域も83へと大幅に広がっている。
都道府県別の留学生数では、文部科学省調べによると2006年5月現在、4万316人の東京都が圧倒的なトップにある。首位に以下、大阪府(1万203人)、福岡県(6017人)、愛知県(5774人)など大都市圏の府県が続くなか、3587人の大分県は第10位とベストテン入りを果している。さらに留学生の総数でなく、人口あたりの留学生数で見た場合、東京に次いで留学生が多い道府県になるのだ。構造改革特区制度を活用して別府市は2003年、公営住宅の空き室を留学生に提供できる「留学生特区」の認定も受け、市営住宅への留学生の入居に取り組んでいる。
温泉の湧出量で日本一を誇る別府市へ足を運ぶ外国人観光客が最近、急増している。2007年に別府市内に宿泊した外国人は過去最多となる24万5000人を記録した。この6年間で外国人宿泊者数はほぼ倍増し、別府市の人口の2倍強となる外国人が訪問した計算になる。
このような外国人観光客が伸びている要因として、別府市による韓国への観光地として売り込みをはじめ、宿泊施設での外貨両替、外国語によるボランティアガイドなど外国人客向けサービスの充実が挙げられる。このような取り組みが可能となった背景のひとつとして、APUなどに在籍する留学生の存在は見逃せない。
いま話題の社会人基礎力とは何か
入社3年で3割強の若者が会社を辞めていく―――。厚生労働省の調査によると、大学を卒業して就職した新卒者のうち、3年以内に会社を辞めた割合は2004年3月卒業者で36・6%に上った。この数字は1987年から調査開始して以来、最高値を更新する結果となった。
かつて、社会に出る以前に家庭や地域・部活などで身に付けていた基礎的な素養を育む機会を無くし、組織内での取り組み方が分からない若者が増えているという事実がある。そして、社会人としての基礎的な力を学生時代に培わなかったことも原因のひとつとみなされている。また、「失われた10年」で企業は人を育てる余裕を失くし、即戦力を求める傾向が高まった。
経済産業省では企業の人材に求めるニーズを調査する研究会を立ち上げた。この研究結果を踏まえ、社会人として必要な『社会人基礎力』を「企業や組織の中で、多様な人々とともに仕事を行っていく上で必要となる基礎的な能力」と定義している。
産学官で進む社会人基礎力のカリキュラム
九州経済産業局 芳賀洋志・産業人材政策課長
経済産業省が提唱する社会人基礎力の具体的な能力として、主体性や実行力などの「前に踏み出す力」(アクション)、課題発見力や創造力などの「考え抜く力」(シンキング)、発信力や傾聴力などの「チームで働く力」(チームワーク)の3つを挙げる。
「指示待ち人間の解消は《前へ踏み出す力》、マニュアル人間の解消は《考える力》、一匹狼の解消は《チームワーク》を身に付ける必要があり、産業界が求める人材を産学連携で育てていく」と、九州経済産業局の芳賀洋志・産業人材政策課長は解説する。
経済産業省は2007年度、東京電機大学や武蔵大学など首都圏の7大学で社会人基礎力を育成していくためのカリキュラムをモデル事業として採択。2008年度では日本各地の他大学への拡大を図って、全国公募を実施している状況だ。
寺子屋モデル 山口秀範社長
温故知新、見直される寺子屋式教育
社会人基礎力が「官」主導での、上からの取り組みなのに対して、「民」による、下からの教育改革もある。
江戸時代に日本全体で2万ないし5万あったといわれる寺子屋による教育を見直して、児童や社会人向けの教育モデルとして取り上げる山口秀範・寺子屋モデル社長は、「サラリーマン時代に海外勤務を経験して日本の良さを知った。そして、日本の子どもたちの目の輝きのなさや表情のつまらなさに気づいた」。
江戸時代における寺子屋での光景
現在、各地に出向いて、3、4人〜20人程度の受講者を対象に偉人伝をもとに膝を付き合わせながら語り合う、「寺子屋スタイル」をビジネスモデルとしている。具体的には、幼稚園・保育園に出向いては、園児や母親向けに偉人伝や偉人の母親の話をする。また、企業向けとして会社に出向く場合には偉人伝に加えて、家訓づくりや武士道を学ぶ講話なども織り込んでいる。
現代の寺子屋モデルの講座風景
なぜ、日本の子どもの顔が悪くなったのか、その点について山口社長は、「いまの子たちは、甘やかされて育ってきたことに加え、かつて無条件で教え込まれていた道徳心や規範意識などが身に付いておらず、結果として自分自身や郷土、そして自分が住んでいる国に対して自信がないため」と考える。「日本の歴史・文化を語れる日本人づくり」を目標に掲げる寺子屋モデルでは、子どもや学生、社会人、経営者向けに和歌づくりを通じた自己表現や意志伝達にも取り組む。
「教育は、子どもの問題でなく、大人の問題である。誠を掻き立てるような、強い思いを持った大人がいないといけない」と、熱心に語る山口社長は、寺子屋スタイルの教育で明治維新前後の逸材を輩出した松下村塾の吉田松陰も掲げていた「至誠通天」を座右の銘に挙げる。(近藤益弘)
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※当ページの内容は、2008年7月31日発行の21号に掲載されたものです。


