大学、企業、地域におけるヒトづくりの動向
2008年7月31日発行の21号より
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人材育成の「核」を担ってきた大学は大学院教育の強化として、専門職大学院を開設、社会人向け教育との接点を拡大している。一方、「失われた10年」を脱した企業サイドでは、新しい人材像にもとづく「ヒトづくり」へ向けて、産学官による連携を強めている。
ビジネススクールにみる大学の新たな動き
平日の夕暮れ時、ビジネスマン・ウーマンらが九州大学文系キャンパスの校舎へ足早に向かう。彼らが入っていた教室では、ビジネス上のケース・スタディについて講師が解説、受講生は真剣な表情で聞き入り、ディスカッションに室内は熱気であふれていた。
九州大学大学院経済学府 星野裕志・産業マネジメント専攻長
国立大学ビジネススクールの第1陣として、2003年4月に開講した九州大学ビジネススクールの特色について、「3分の1が理系出身、15パーセントを7カ国からの外国人が占め、さらに女性数も2割弱を占めるという多様性は大きい」と、星野裕志・九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻長は解説する。
組織マネジメントやマーケティング戦略などの基礎的な科目に加えて、産学連携マネジメントや知的財産管理などの技術経営(MOT)のカリキュラムを揃える。また、地の利を生かし、アジア・ビジネスにも力を入れているのが特色だ。
従来の大学院と異なる、専門職大学院が誕生
九州大学ビジネススクールでのオリエンテーション模様
2002年8月、国の教育のあり方について考える中央教育審議会は、高度で専門的な職業人を養成していくために新しい大学院構想を打ち出した。この提言をうけて、文部科学省は従来の大学院研究課程とは別に企業経営や会計、法務などに精通した実務家を養成していくことを目的とした「専門職大学院」(専門職学位課程)という制度を新設する。
専門職大学院の制度がスタートした結果、弁護士養成のための法科大学院(ロースクール)、公認会計士らを養成する会計専門職大学院(アカウンティングスクール)、公共政策大学院、教職大学院などの新しい大学院が次々に開設された。これらの専門職大学院のひとつが経営大学院であり、通称でビジネススクールと呼ばれている。
九州大学ビジネススクールの修了式
大学によっては、経営大学院などの形で独立している場合もある半面、前述にある九州大学の例にみられるように従来の大学院に専門職学位課程を新設しているケースも多い。
ビジネススクールとMBAとの関係
ビジネススクール自体は、アメリカにおいて科学的なアプローチによって企業経営を解き明かすことで経営の近代化を図るという狙いで誕生した。世界初のビジネススクールは、ペンシルベニア大学が1881年に設立したウォートン・スクールとされている。
アメリカのビジネス社会においてはMBAの存在感は大い(写真はアメリカ・ニューヨークのビジネス街)
その後、1908年創立のハーバード・ビジネススクールが、状況分析力や経営判断能力を訓練していくMBAプログラムを開発、多くのビジネススクールが導入していくことで広がりをみせた。
ビジネススクールの卒業生はMBA(Master of Business Administration、経営学修士)の資格を取得、アメリカのビジネス界では長らく大企業の経営幹部へ登用されるパスポートとみなされてきた。
日本では、1978年に慶応義塾大学が大学院経営管理研究科経営管理専攻として2年制MBAコース(大学院修士課程)を設置したのが最初となっている。
異色の専門職大学院コンソーシアムが発足
現在、九州大学には、ビジネススクールの経済学府産業マネジメント専攻に加えて、▽法務学府実務法学専攻、▽医学系学府医療経営・管理学専攻、▽人間環境学府実践臨床心理学専攻の4つがある。4つの専門職大学院は、国内最多である5つの専門職大学院を持つ早稲田大学に次ぐ数だ。
九州大学では4つの専門職大学院の連携による「専門職大学院コンソーシアム」を立ち上げる。専門職大学院コンソーシアムでは、それぞれの専門性に合わせたシナジー効果が期待できる。
また、それぞれの履修科目を提供し合うことで効率的、かつ高度な講義も可能となるという。一方、市民向けのレクチャー・シリーズやシンポジウムにおいても4つの専門職大学院が共同で取り組むこともできる。
「法律、医療経営やカウンセリングに関する専門職大学院がある強みを生かしながら、地域に貢献できる人材づくりに取り組み、幅広いネットワークをつくっていくことで、九州を変えていきたい」と、星野教授は思いを馳せる。
公立大初のビジネススクールが北九大に開設
ビジネススクールでの授業風景(北九州市立大学ビジネススクール)
九州で初めてのビジネススクールが九州大学に開講して4年後、公立大学では全国初となるビジネススクールが北九州市立大学に誕生した。
「研究者育成を目的とした旧来型の大学院だけでなく、実践的な人材教育やビジネスリーダー養成などの社会貢献ができる大学院教育へと社会的なニーズが変わっている」「公立大学のビジネススクールとして、地域における社会的使命を担っていく」と、北九州市立大学ビジネススクールの城戸宏史准教授は意義を語る。北九州市立大学ビジネススクールでは市民向けの広報活動にも力を入れており、日本初となる大学院のフリーペーパーも発行している。
日本初となる大学院のフリーペーパー『Agilitas』を発行
北九州市立大学ビジネススクールのカリキュラムでは、地域のニーズやマーケットにもとづき、ビジネス(民間)分野とパブリック(公共)分野の二本立てを取っているのが特色だ。
「ビジネス分野では中小企業のビジネスリーダーを育成し、パブリック分野では行政や大学、第3セクター、NPO、医療、福祉法人などのマネジメント能力を育成していく」(城戸准教授)と、狙いを明らかにする。
ビジネススクールでモノづくりの伝統を伝承
北九州市立大学ビジネススクールでは、北九州の地域性を生かして、モノづくりを担ってきた人たちを特任教員として起用するなど、モノづくりの伝統を継承していくことにも力を入れている。
また、ビジネス分野では北九州の特性を反映させて、中小企業向けを主体としたカリキュラム構成にすることで、結果的に九州大学ビジネススクールとの差別化にもつなげている。
北九州市立大学大学院 齋藤貞之・マネジメント研究科長
受講生や教員の大半が北九州市在住という地域に根差したビジネススクールであり、「北九州の活性化を図る上で、北九大ビジネススクールが人材育成に果す役割は大きいと考えている」(北九州市立大学大学院マネジメント研究科長の齋藤貞之教授)。
地域社会における専門職大学院の役割と意義について、今後の取り組みの如何に掛かっているのは間違いないようだ。
ビジネススクールにみる、日米におけるビジネス観の違い
「産業界の考え方が、職業教育のあり方を左右する。日本とアメリカでは、職業人としてのキャリア形成が異なる。日本企業が求める人材像は、マネジメントができて総合的に活躍できる人材である」と、齋藤教授は指摘する。
アメリカの場合、有名大学を卒業した学生は、そのままビジネススクールへ進む。そして、ビジネススクールで学び終えると、ビジネス的な知識や必要なスキルを身に付けたスペシャリストとして、大企業に就職していく。このためアメリカのビジネス社会では、ビジネススクールの卒業資格であるMBAは不可欠となる。
これに対して、日本企業の新卒採用においてはスペシャリスト採用でなく、入社後に働きながらスキルアップしていくキャリア形成型だ。日本企業においては、管理職になってもゼネラリストであることが求められる傾向にある。
また、ビジネススクールへの通学においてもアメリカのケースと異なり、日本では企業に勤めながら通うケースが多く、アメリカ型ビジネススクールとは一線を画す。つまり、それぞれの国の歴史や社会システム、国民の気質が、それぞれの教育スタイルにも色濃く反映してくる。
「マネジメント力の養成には、サイエンスとアートの2つが不可欠となる。知性と感性を学び、磨いていくことが教育において大事だ」という持論をもつ齋藤教授によると、アメリカ版ビジネススクールはサイエンスに特化する傾向がある。そして、アメリカ版ビジネススクールが見落としがちなアートとは、芸術だけでなく、感性の世界に近いというのだ。
日本の風土や企業文化に培われた、新しい日本の職業人教育が必要となっている。そして、いま日本版ビジネススクールの胎動も始まりつつある。
企業における人材教育の傾向と対策
九州生産性本部 黒田安俊専務理事
「研修期間が長期化しており、内容も業務だけでなく社会人としての基礎的な内容が増えている」(金融機関)。「社員研修を外部の専門会社へ委託する傾向にある」(エネルギー関連)。「プレゼンテーションなどの課目が新設されている」(自治体)。「企業の研修は、行き当たりばったり的な傾向が強い」(不動産関連)………。
企業における人材育成に向けて、様々な取り組みや考えがあるなか、全般的な動向は、どのようになっているのだろうか。
「最近の傾向として、団塊世代の退職を背景とした管理者向けや採用増にともなう若手向けでは、マネジメント能力や自己啓発などへのニーズが高まってきている」。労使協調路線による生産性運動に取り組む九州生産性本部の黒田安俊専務理事は分析する。
九州生産性本部が主催した講演会(左上は平山良明会長)
東京の社会経済生産性本部とともに、九州地域における生産性向上に取り組む九州生産性本部は、1957年の渡米トップマネジメント視察団の提唱により、1959年に九州生産性大学経営講座を開設、現在、階層別・分野別に10コースを取り揃え、4月から12月までの9カ月間に毎月2日間のカリキュラムを開講している。毎年、九州各地の企業から派遣された450人前後のビジネスマンらが受講し、その修了生は2万1千人を超える。
テーマ毎に開講する講座での学習風景
時代変化とカリキュラム構成との相関関係
創設50周年を迎える九州生産性大学の取り組みを振り返って、黒田専務理事は「バブル崩壊後の『失われた10年』で教育研修費が削減されたため、以前のような順送りによる全員対象から意欲の高い志願者に絞り込む少数精鋭主義的な傾向に変わってきた」とみる。
バブル崩壊後の不況下、いわゆる失われた10年において、日本企業の多くが人事評価に採用したのは成果主義だった。本来、従業員の意欲や能力を伸ばすはずだった成果主義は、リストラ策の一環として導入された面は否めない。
この結果、たしかに成果主義の導入で企業業績が、一時的に上向くことがあったものの、評価されにくい部下育成や長期プロジェクトなどがおざなりにされて、長期的にはジリ貧傾向となることが多かった。このような反省を踏まえ、最近では、成果主義を見直す企業が増えている。
企業の研修においても成果主義を反映した個人主義的なメニューからチームプレーの強化やコミュニケーション、コーチング、さらにメンタルヘルスなどの課目が脚光を浴びるなど、時代の流れを反映したカリキュラムとなっている。
産学官連携による次世代のリーダーづくり
九州アジア経営塾でのセッション風景
九州の産学官27機関の連携と協力で2004年6月に発足した九州・アジア経営塾(KAIL:Kyushu-Asia Institute of Leadership)の蓮尾紀博事務局長は、「九州、日本、そしてアジア、世界を引っ張っていくリーダー・人物を育て、磨き上げ、九州を“人財の森”を越えた“人間力溢れる人物の森”にしたい」と、KAIL創設趣旨と氏自身の思いを語る。
従来のビジネススクールがマネジメント主体のスキル教育に重点を置いていると言われるが、KAILでは「志」や「価値観」を重視した、いわば経営哲学を中心とする全人格形成教育に主軸を置く独自のカリキュラムをスタートさせて5年目になる。その後、塾生の特性に合わせて、感性を磨くレゴブロックによる右脳・表現力セッション、論理性・課題解決力を磨くロジカルコミュニケーションや、各自固有の行動の動機を見出して行動変容に繋げるキャリアプロファイルなど、最新かつ多様な試行を重ね、KAIL独自のプログラムの進化の促進に余念がない。(近藤益弘)
フォーラム福岡21号特集記事に関するアンケートを実施しております。ご協力いただいた方全員にフォーラム福岡21号をプレゼントいたします。皆様のご意見ご感想を心よりお待ちしております。
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※当ページの内容は、2008年7月31日発行の21号に掲載されたものです。

