フォーラム福岡

福岡の近未来図

《番外編》九州独立への道

2006年9月29日発行の12号より

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ワンポイントビュー

道州制へのアプローチを変えて、一気に「九州が独立したら……」との視点で、国家と地域との関係を考え直してみる。

スコットランドにみる地域独立の事例

特定の地域が独立したことで経済的にも成功した好例としては、スコットランドのケースが挙げられる。

もともとスコットランドは、イギリスの先住民だったケルト人によって創立した国家だった。しかし、1707年にイギリス連合王国の一部となった歴史的な経緯がある。

時代は下り、1997年5月にブレア氏が率いる労働党が政権をとると、イギリス国内で地方分権を推進していく政策に力を入れた。その結果、住民投票を経て1999年、スコットランドに議会が誕生したのだ。

現在、外交と金融政策については依然イギリス政府とイギリス議会に残るものの、地域の教育、福祉、医療などに関する立法、司法、徴税、予算配分などの権限は、新設されたスコットランド議会に委譲された。

この分権・独立によってスコットランドは、半導体産業や情報通信産業などの企業誘致に積極的に乗り出す。そして、停滞していたスコットランドの経済は、20世紀末から高い成長をもたらし、関係者からの注目を集めている。

九州独立は日本を救う ―――今里滋教授

「九州独立は日本を救う」と題する論文を2003年1月に発表した九州大学大学院法学研究院教授(当時 現・同志社大学教授)の今里滋さんは、「平成地方分権は、『政府間関係の事務再配分』にすぎず、構造改革の起爆剤にはなり得なかった」と論文で主張する。

その上で、「では、どうするべきか?

それは九州独立以外にはあり得ない。九州が政治的、行政的、経済的および文化的に自ら意志と力で自立することによって、なかば強制的に東京一極集中を是正することで、真に豊かな社会をもたらす国土構造改革の端緒は切り開けないのである」と、九州独立の意義を説く。

その上で、今里さんは九州独立の戦略として次のように明示している。
1 まず、福岡県、佐賀県および長崎県の合併を行う
2 国家行政組織法の枠内での「政府内分権」の実施
3 九州内国の出先機関への権限と財源委譲
4 出先機関を統轄する「九州府」の設置
5 九州内全府県の合併と九州府への統合
6 九州議会の設置と憲法制定
7 九州独立宣言と九州自治州の誕生

単行本『九州独立も夢ではない』を刊行 ―――独立九州の会

「九州を一つの独立国と見立てたとき、どんなことができるだろうか」「九州は独立する実力があるのだろうか」「独立するにはどんな方法がよいのか」―――、これらのテーマに研究会を重ねる「独立九州の会」がある。独立九州の会では、活動の一環として1999年3月には『九州独立も夢ではない』を刊行した。

編・著者である駄田井正・久留米大学経済学部教授は、財政、高齢化、過密過疎、農業、環境などの九州が日本同様に抱える問題に対して、「それぞれの地域・地方にあった独自の手法で解決していけば、コストもかからず、副作用もでない。アジアとの結びつきを強めることで解決をはかるのは、九州のひとつの選択である」とする。

これらの点を踏まえ、「独立国であるが故に、思い切った手法を採用できる。そしてなによりも、現代の政府での道州制は、実現できるとしても、日本全体の合意が必要であり、かなり遠い先のことであり、実現したとしても骨抜きにされたものになるのは必至である。独立を主張する以外に道はないと考えられる」と、九州独立の必要性を訴える。

九州独立への手法に関して、『九州独立も夢ではない』の冒頭に掲載した著者らによる座談会において、次のように語り合っている。

「九州国独立協賛連盟みたいなのを作って、独立会員というものを、九州国会員というのを作って、とりあえず、会員がたくさんになってそれが世論になって、それで独立するという方がいい。戦争して独立するという時代じゃない」(糸乘貞喜・九州地域計画研究所代表)

「国籍は離脱できないと思われているようだけど、日本国憲法には国籍離脱の自由が保証されているのですから、九州国の方が良いと思えば、日本国籍を離脱するだけの話でしょう。現状では離脱先がないから日本国籍になっているだけで、九州国という受け皿ができたら、みんなが離脱するようになるわけでしょう」(小川雄平・西南学院大学商学部教授)

このようなユニークな視点で「九州独立」というテーマにアプローチしている。

ローカル・パーティーで九州独立を推進
    ―――平松守彦・前大分県知事

「九州府」の提唱者である大分県知事だった平松守彦さんは、東洋経済1997年11月号での政治評論家の田中秀征さんとの行革対談のなかで、九州独立についても言及している。

九州がひとつの経済圏となり得る可能性を踏まえ、その一方で公共投資抑制、行政改革で地方のインフラ整備が後回しにされる状況を見据えて、次のように誌面でコメントしている。

「九州が一つ独立して、九州の国税、地方税を全部、自分たちでその使い方を議論する。その中で公共投資の選択度をみんなで決めていくことになればいい。もともと、それぞれの地域によって事情が違うわけですね」

九州が独立を果たす道筋に関しては、地方分権党というべきローカル・パーティーを地方につくることを提唱。地方に政府をつくることを公約とするローカル・パーティーから国会議員が選出されることで、国会での議決を得て、合法的に独立すしていく手法を唱える。

「独立戦争をやる代わりに、私はローカル・パーティーをつくれと言っとるんです。重ねていいますが、九州だけのローカル・パーティーをつくって、その政党が国会議員を出します。同様に、九州は九州で議会をつくって、九州府をデモクラチックにコントロールする」

独立に際して、九州に議会を開設して、『九州人による、九州人のための、九州人の政治』を実現できる可能性もある。道州制をはじめ連邦制、独立論の根底には行財政改革に留まらず、政治改革をも巻き起こす要素も内包している。

「九州なら九州のローカル・パーティーをつくり、そういう人たちが九州なら九州で一つの議会をつくって行政を行う。こういうようなやり方のローカル・パーティー論が成り立つと思う。政党自身のあり方も、地方に根づいたローカル・パーティーというのをやっていかないと、連合国家はできない」

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※当ページの内容は、2006年9月29日発行の12号に掲載されたものです。

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