フォーラム福岡

福岡の近未来図

なぜ、いま道州制なのか

2006年9月29日発行の12号より

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ワンポイントビュー

最近、とみに注目される「道州制」。
今後の地方のあり方を考える上で、道州制がキーワードとなる背景を探る。

「九州はひとつ」、道州制への大きなうねり

いわゆる「平成の大合併」の結果、沖縄を除く九州七県の市町村数は、517から256へと半減した。なかでも長崎県にみられるように市町村数が四分の一近くになった事態も生じている。

このような現実を踏まえ、「いずれ、中二階的な県の存在価値はなくなる」と言う声に代表されるように市町村合併をきっかけとして、県の役割について見直していこうとする機運も高まり、道州制論議に拍車が掛かる。

九州もおいては経済界が長年、「九州はひとつ」をスローガンに取り組んできた。しかし、行政サイドは従来、冷ややかで「九州は一つひとつ」と揶揄する向きさえあった。

例えば、九州各県はこれまで、個別に観光PRを展開してきた。2004年に上海で開催された観光博においても九州各県は個別に出展した。その結果、同じ地域内にも関わらず各県がバラバラにPRしたため、現地サイドからは「これでは、九州の全体像が分からない」という皮肉な感想さえ上がった。

整備が急がれる東九州自動車道の建設工事では大分県、宮崎県、鹿児島県の各エリア内でそれぞれ均等に27キロメートルずつを工事しているため、現路線から南下して延伸していくこともままならないという事態になっている。

急速な社会の変化と時代の流れが、このような無駄を許さなくなった。九州では、こうした県同士の「縄張り」意識が生み出す無駄や非効率の解消が、道州制論議の場においても俎上に上がってきた。道州制論議は、経済活動とも深い係わり合いがあるだけに現実味を帯び始めたのだ。

九州圏内における高速道路や新幹線などの交通網の整備も進み、県境を越えての移動や通勤も日常的になってきている。県境を超えての広域的な課題の解消も、道州制論議の背景にあるといえる。

たとえば、産廃税の例にみられるように一県でも欠けると、その県に他県の産業廃棄物も流れ込んでしまう問題に対しても、各県が地道な調整を重ねて一斉導入を実現した。

道州への移行による規模の拡大は、観光や環境問題に限らず、産学連携や中小企業育成の面でも効果的であり、さらに企業誘致を図る上でもPR効果も大きいことが注目を集めている。

全国初の道州制タウンミーティングを福岡市で開催

全国で初めて道州制をテーマに2006年6月、福岡市・天神で開かれた「道州制タウンミーティング イン 福岡」には370人もの人々が詰め掛けた。

当日は、タウンミーティングの仕掛け人である竹中平蔵・総務大臣、元総合研究開発機構・地方政府システム研究会座長の福原義春・資生堂名誉会長、地方分権21世紀ビジョン懇談会座長の大田弘子・政策研究大学院大学教授の3氏が壇上に姿をみせた。


福岡市で開催された道州制タウンミーティング
(左から竹中大臣、福原会長、太田教授)

タウンミーティングの冒頭、竹中大臣は、「道州制は、民間で出来ることは民間でやり、地方で出来ることは地方でやるという制度である」と、熱弁を振るった。続いて、福原氏が「国民がそれぞれの地域で、政治についても意思決定に関与することが必要な時代ではないか。地域については、地域住民の手の届くところで意思決定し、活力を取り戻すローカルガバナンスも必要だ」と、その意義を語った。続いて、大田教授は、「道州制は、地方分権のひとつの究極的な姿だ。これが実現されるような状態になれば、地方分権もほぼ完成形に近くなると思う」と、役割について解説した。席上では、会場からも熱心な質問が飛び交った。

「新しい地方分権の中、基礎的自治体と国の間に立つ行政単位は、どのような形がよいのかということを考えるのが、道州制の出発点だと思う」(大田)

「受益と負担の関係が明確なところで処理をするのが民主主義の原点であり、難しい問題であればあるほど、一番納得できる解決策になるのではないか。従って、住民自治を大事にして市町村の機能を拡充するからこそ、道州制である必要がある。より広域な行政単位が必要になると思う」(竹中)

今回のタウンミーティング開催で、道州制に関する論議に盛り上がりをみせた。

そして、「九州では戦略会議で先駆的な取り組みをされているのは承知している。是非、前向きに議論していただきたい。今後、全国レベルで議論していくが、特区だけでなく、九経連版のタウンミーティングやアンケート調査も積極的にやっていただき、日本の議論を引っ張っていただきたい」と、竹中大臣は、九州における道州制の取り組みに対して、エールを送った。


※1「九州」の総人口は、2005年国勢調査人口(速報値)による
※2「九州」の総面積は、国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調(2005年10月1日現在)による
※3 外国の総人口、総面積は、総務省「世界の統計2006」のうち、2005年推計人口、2002年面積の数値による
出典:「九州府」構想

80年におよぶ道州制論議、起源は田中義一内閣

道州制への構想は古く、その起源は1927年の田中義一内閣による行政審議会までさかのぼる。その後、戦後の高度経済成長期において、地方の余剰労働力を集団就職や出稼ぎなどを通じて都会での労働力不足を補った結果、過疎と過密が進んだ地域が発生した。

この結果、大都市と地方では、生活基盤をはじめ税収まで格差が生じる。従来の県では、格差是正が可能な財源を持たなかったため、独自財源の拡大のために複数の県が合併することでの道州制が検討された。

1957年の第4次地方制度調査会(前田多門会長)では府県の廃止、さらに国と市町村の間に全国を7〜9ブロックに区分した「地方」を置くとする答申が可決された。しかし、「地方」の長である地方長は民選知事でなく官選知事という点で、国家主義的性格が強いという批判が集中し、さらに府県廃止は違憲ではないかといった議論も噴出して、提言の段階で消え去った。

第4次地方制度調査会の答申に先立ち、関西経済連合会では1955年に府県規模の合理化を唱え、さらに1963年には府県合併を提言していた経緯がある。1968年には、明治期の「廃藩置県」を念頭に松下幸之助氏が「廃県置州」を唱えた。1988年に日本青年会議所が提案した「新道州制」は、「国家の権限を州に委譲する」ことを織り込んだ連邦制といえる構想だった。

このような道州制へ向けた動きがある一方で、地方交付税交付金や補助金が投入され、さらに池田勇人内閣の所得倍増計画、田中角栄内閣の日本列島改造論、総合保養地域整備法(リゾート法)などの施策によって地方へ公金を投入し、地方の生活基盤の整備をすすめた。その結果、独自財源の増大を目的にした道州制の意味自体が薄れ、道州制論議は総じて不活発なままに推移していった。


※1「九州」の国内総生産額は、2002年度の県内総生産額を1ドル125円に換算したものによる
※2「九州」の一人当たり国内総生産額は、2002年度県内総生産額を2002年住民基本台帳人口で除し1ドル=125円に換算したものによる
※外国の国内総生産額、一人当たり国内総生産額は、総務省「世界の統計2005」のうち、2003年の数値による
出典:「九州府」構想

道州制への胎動、実現に向けて各地で萌芽

近年になって道州制の議論が、各地で熱を帯び始めた。要因として、国の借入金が膨大な額となり、地方交付税交付金や補助金を投入しづらくなったこと、その一方で、交通網の発達で生活圏・経済圏が拡大し、圏内の結びつきが強まったことなどが挙げられる。

東京への対抗心を強く抱くといわれる近畿地方では、政官界の足並がまだ整わない一方で、関西経済連合会の活動に象徴されるように財界からの道州制移行を求める声が大きい。行政面においても、淀川をはじめとする河川や広範に渡る自然環境への対策、さらに空港や道路網などの交通網の管理問題もあり、近畿二府四県の合併による一元化を求める声も出ている。

また、道州制論議が盛んな地方のひとつといわれている東海三県(愛知県・岐阜県・三重県)では、経済的な統合と交流が進んでいることに加え、木曽三川や高速道路の管理などの行政上の問題もあり、早くから三県合併による広域行政論が浮上している。

目を北に転じると、北東北三県といわれる青森県、秋田県、岩手県の取り組みは、経済的な結びつきより政治連合の色が濃い。1997年から「北東北みらい債」をはじめとする合同事業を手掛ける北東北三県は、2010年をめどに北東北三県の合併による道州制移行を提案している。

また、北海道では特区による道州制移行の計画が進んでいるが、委譲される権限や財源の中身が問題視されている。

九州において加速する道州制移行への動き

九州においては、1995年に平松守彦・前大分県知事が、国の出先機関を統合し、公選の長官を置く「九州府」構想を掲げた。2001年10月には、九州経済同友会が連邦制による「九州自治州構想」を発表、さらに2005年5月、九州・山口経済連合会(現九州経済連合会)・地方制度研究会が九州7県を対象に「地方からの道州制の推進に向けて『九州モデル』の検討」を提言した。

一方、九州地方知事会も「九州が道州制に移行した場合の課題等について」を同年6月に公表、同月には九州経済同友会・九州はひとつ委員会が九州・沖縄8県の「九州自治州構想」を提言する。

さらに同年10月には九州市長会の道州制のあり方等研究委員会が初会合を開き、今年6月には10年後の道州制移行を目指す「九州府」の骨子を決定した。

このような九州における道州制論議をリード役である九州地域戦略会議は2003年10月、「九州はひとつ」という理念の下、九州・山口経済連合会(現九州経済連合会)、九州経済同友会、九州商工会議所連合会、九州経営者協会、九州地方知事会による5団体でスタートした。2005年12月には九州地域戦略会議内の専門委員会として、各県担当部長に学識経験者らも交えた道州制検討委員会を発足させた。

「建築基準法が全国一律適用のために個性あるまちづくりができない」「県、市、民間がそれぞれ海外にミッションを派遣して非効率」「各県単位の企業誘致活動、フルセット主義の弊害」……。企業活動、生活者、地方行政の3つの視点から道州制検討委員会が現行制度の問題点を抽出すべく、九州内の約1100社にアンケートを実施した結果、回答を寄せた327社からは、国の中央集権制度、国と県の二重行政、都道府県制度に起因する89項目におよぶ問題点が寄せられた。これらの問題点について一つひとつを検証した道州制検討委員会では、「95パーセントは道州制で解決が可能」との見解を示した。

今年8月3日、佐賀県唐津市内で開催した九州地域戦略会議の夏季セミナーの場において、道州制検討委員会による中間報告がなされ、九州の産学官のトップらが「道州制への移行を目指す」ことを確認し、合意した。


※1「九州」の輸出入額は、門司税関「九州経済圏貿易(確定値)の平成16年各輸出入額を、1ドル=108円に換算したものによる
※2 外国の輸出入額は、総務省「世界の統計2006」のうち、2004年(平成16年)の数値による
出典:「九州府」構想

九州の産学官のトップらで合意した道州制移行の必要性

九州における産学官のトップらが道州制への移行の必要性として合意した理由は、次の6点からなる。

 (1) 地域を活性化し、住民の暮らしを豊かにする
 (2) 九州が東アジアの拠点として繁栄する
 (3) 中央集権システムを改革する
 (4) 市町村制度と都道府県制度を改革する
 (5) 国と県の二重行政を解消する
 (6) 国と地方の危機的な財政状況に対応する

これらの必要性の根拠として、道州制検討委員会が実施したヒアリングやアンケートがあげられる。一連の調査をした結果、九州の住民や企業が望んでいることは、
「東京一極集中を是正して個性豊かで活力のある地域社会を形成する」
「少子高齢化・人口減少社会や厳しい財政制約下において安心して安全に暮らせる社会を実現する」
「急激なスピードで変動する国際社会に対応して九州が東アジアの拠点として繁栄する」
であることが明らかになった。

これらの希望を実現するためには、国と地方の役割分担を抜本的に見直し、国の役割を本来果たすべきものに重点化してその機能を強化する分、内政に関しては地方がより多くの役割を担い、地域のことは地域の事情に通じた地方自治体が決定できるようにするための統治機構の改革が必要となるといえる。

これらの点を踏まえ、地方分権をさらに進める手法として、道州制移行が必要な理由を前述6点にまとめたのだ。

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※当ページの内容は、2006年9月29日発行の12号に掲載されたものです。

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